彩加のひとしずく(更新中)
□壱
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それからも彼は噂を頼りに、さまざまな美女のもとを訪れた。時には窮地に陥りながらも、銀髪の美しい従者に支えられ貴婦人を探す旅を続ける。
人を寄せ付けない凛とした美しさ。誰よりも美術的センスに恵まれた美しさ。自分を幸せだと思い常にほほ笑む美しさ。今にも水に溺れてしまいそうな危うさを纏う美しさ。誰よりも難解な数式を理解する美しさ。
どれも王子の納得いく美しさではなかった。確かにそれらを目にして納得はすれど、それが父王の言う“お前だけの麗しの貴婦人”とは結びつかなったのだ。
ある夜、野宿をすることになった王子と従者は揺れる焚き木を前に語り合った。幼いころより隣にあった銀髪の従者は穏やかに、王子の嘆きを受け止める。
「僕にはわからない、女の美しさなど。お母様は国一番の美女と謳われていたが、妾に嫉妬し暴虐の限りを尽くしていた。嫉妬し、競い、己を飾りたてるのが女の性。そんなものを美しいとは思えない」
どんな美しさを誇る女達の胸の奥にも、母の姿を見てしまう。それが王子を苦しめ、旅を長くさせていた。
父王から許された旅の時間は、まもなく終わりを迎えようとしている。あと数日のうちに、王子は自分だけの貴婦人を伴って王城に帰還しなければならない。
穏やかな風に揺れる従者の銀髪を見つめながら、王子はなにとは無しに問いかけた。
「お前の思う、女の美しさとはなんだ?」
問いかけられた従者は、ふと星の散りばめられた夜空を見上げた。
青いひげの侯爵に襲われた時、王子を庇った彼の横顔には濃い傷跡がある。白い肌に刻まれたそれは痛々しく存在を主張しているのに、それでも彼は美しい。
男の美しさならばわかる。こんな風に、誰かを守ろうとする強い意志が輝きを放つ。その心の強健さはどんな容姿の端麗さよりも美しい。
そんな王子の知るどんな男よりも美しい彼は、どんな女を美しいと思うのだろうか。
固唾をのんで答えを待つ王子に、従者は見つめられていたことに気づいてふと破顔した。
「彼女たちは皆、心の底では美しくありたいと願っています。それが人を妬むことに繋がっても、ある種の性というものでしょう」
「そう。だから僕は女が苦手なんだ」
「でも、それは強くあろうとする男の性と同じもの。多数のために美を振りまき争う女は醜くけれど、想う一人のために人を妬み、競うその様はいじらしく美しい」
「……それは?」
「あなたがこれまで見てきた美女達は皆、その名誉のために美しさを磨き誇っていたでしょう。それは私も美しいとは思えません。想う男の為に美しくあろうとする女が、私にとっての麗しの貴婦人です」
そっとほほ笑む従者に、王子は目を奪われて動けない。
揺れる炎が、二人の沈黙を温かく照らしていた。
「貴方はそのままで良い。いずれ愛する者が現れれば、おのずと麗しの貴婦人となりましょう」
王子はなにかを堪えるように、そっと瞼を閉じた。
二人はそれから、長い長い旅の思い出話を始めた。幾度も期待し、幾度も打ちひしがれてきた。涙にくれる夜もあった。
そっと、話の終わりに王子は呟いた。
「明日、城へ戻ろう」
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